「金沢サロン」第19回例会 

日時:平成16年10月15日(金)PM:6:30〜9:00  

ゲスト:女優の蜷川有紀さん

開催場所:金沢美術工芸大学美術工芸研究所2F企画情報室/金沢市小立野5-11-1 金沢美大内

テーマ:「コミュニケーションの芸術」

参加人数:24人(大学院生含む)

 


 

 

 

 

■報告と感想/黒川雅之 金沢美術工芸大学大学院専任教授

女優というもの
美しい蜷川有紀さんを迎えての夜でした。「俳優とはセリフをしゃべるだけの立場。自分の言葉をしゃべってはならない職業」といきなり強烈な表現にびっくりする。口から出る言葉は脚本に書かれたセリフだけ、動作も表情もその役柄になりきることが役者なら、いったいいつ自分の意見を言うか、その役柄を通じてしか意見を言うことを許されないというのが真実だろう。
そうはいっても、心の中で様々な格闘がある。思いがある。その話をご自分のホームページを映しながら語ってくれた。その一言一言はそのまま空間の話やものの話、絵画や彫刻の話と聞くことができた。夫々の世界に夫々の思いが有り、そのままどこかで全てのジャンルの話に通じるなと思った。
*1978年のサロメのオーディションで飛び込んだ女優の世界で多くのことを学ぶことになる。つかこうへいから「芝居することは肥だめにおっこって、農夫に侵されること」だと脅される。17才の少女の格闘がここから始まったのである。
* 自分の言葉をしゃべることが許されない女優は、「役柄と自分のすり合わせ」から始めることになる。「自分自身の潜在意識に反映させて役柄をつくりあげていく」のだという。自分を捨てるのではなく自分の意識の深部に役柄をぶつけながらその役柄が自分自身であるという状況まで昇華させるのだろう。それを歌舞伎と正反対だと有紀さんはいう。「歌舞伎はかたちが先にあって、かたちをなぞって、なぞって、自分の潜在意識に到達するのだ」という。
* 同じ芝居を何百回も繰り返すことは自分の生活からは創造ができない。同じ講演を二回してくれといわれてそのままできるはずがない。ついつい工夫をして、異なった話をしようとしてしまう。何回も繰り返す公演は彼女らにとって発見の旅だという。毎回同じとは限らない、セリフを間違える相方との調和、履物を間違えたり、とちったりと様々なアクシデントを楽しみ、その事件の中に新しい発見を繰り返す。その日その日を新たにして、その瞬間瞬間をいきるという喜びがあるという。ねむい時は役が眠がっていると考える。怒っている時はその怒りを役の中に忍ばせる。
* 「蜷川幸雄演出の『仮名手本忠臣蔵』」に「提灯を高く掲げて芝居を見入る婆さん」が登場する。婆さんは観客を意味しているのだが重い提灯を黙って掲げる役柄の辛さはそのまま全ての役に通じている。
* 自分で選べない役柄、セリフも決められている。立ち位置も決められている。自分とは、この身体だけの仕事。俳優とは呪縛された存在だと思う。舞台の袖は真っ暗で誰も頼りにできない。拍手を浴び、祝福されながら呪われている存在である。普通人には耐えられそうにないほどのアドレナリンの分泌。快感と苦しみのこのギャップをどう乗り越えるかなのである。
* 自分の中の潜在意識を探る、自分の役柄は宇宙のように広く、その役柄の中に自分を探す。脚本と出会って自分が変わる、相方とであって自分が変わる、相方も変わる。自分の演技で観客が変わり、観客の反応で自分が変わる。俳優と演出家や脚本家との出会い、俳優と俳優、俳優と観客の出会いが自分を変えていく。
* 演技はリラックスすること、欠点をさらけ出し無防備になること、自分を開くことで見えてくる。役柄も見えてくる、自分自身も見えてくる。
* 大地喜和子は類い稀な女優だった。自宅には人影もなく、冷蔵庫には何もはいっていない。家具もなく、床にどたっと座ってさあ飲んで、と人を迎える。彼女には私生活がない。深い溝に落ちながら、指先をその淵に掛けているような女優だった。演劇という魔に見入られていた。いくつかの名場面、「自分なんかいらない」と、自分を捨てて「だいてもいいわよ」と、そして、男を抱きながら「一緒に死んでもいいわよ」という場面のように、自分を演劇という空間に投げ出しているような女優だった。
*三田和代の鬼気迫る話もあった。どうしてそんなに素晴らしい演技ができるか、どうしてそんなにうけるかを問われて、「正しい日本語を話しているだけなのよ」と。言葉というものの深さを語るセリフである。なぜいいデザインができるかを問われればこう答えることになるのかも知れない。「そのもののあり方をそれがあるべき、そのままにしただけだよ」と。含蓄のある話である。
* 間合いの話も出た。杉村春子が「一寸待って頂戴」といい、振り向いて、その瞬間に絶妙に間合いをとってする動作の凄さ。これは誰の話だったか、男を愛する女がその男にお茶を出すシーン。男に話しかけながらまだ茶の入っていない茶碗を手の平で温め愛おしむ、そのしぐさに覗く男への愛情、男をいとおしく思う感覚がその茶碗とそれへの動作で表されている。茶碗は離れた男の魂になって女の手の平で愛撫されるのである。
* 成田三樹夫の「ひそと動いても大音響」と言うセリフ。大きな意味をもつ小さな動作をいう。
* 最後に自分が最近「脚本・監督・出演」をした短編映画の話がでた。その映画自体は見せてはもらえなかったが、蜷川有紀さんはこういっていた、「自分の潜在意識に手と突っ込んで、思いっきりテーブルに投げ出してしまった作品」だと。
女優という仕事からの思想がそのまま僕たちの力になると実感した。これまで、金沢サロンでは「自分にとって中心であるデザインの思想」を直接的に考えることを避けてきた。「デザインの周辺の思想を知ることで自分でデザインの思想をつくりあげていくこと」を大切にしてきた。僕が主宰する物学研究会でもそうなのだが、デザインを知るためにデザイナーから話を聞くことをできるだけ避けたいと思う。デザインとは発見の喜びなのであり、自分の中にこそ発見するものが潜んでいるのだから。
(報告/黒川雅之)

 

 

 

 

 

■蜷川さんのサイト http://www.oyukibo.com/

 

 

 

 

 

 

 

 

 

■議事録

報告/金沢美術工芸大学 大学院デザイン専攻製品デザインコース 服部 泰知

今回は、女優の蜷川有紀氏に、「コミュニケーションの芸術」というテーマで、演技・演劇という御自身のこれまでを通してお話を伺った。
■蜷川氏のこれまでの出演の演劇・映画作品について
「サロメ」1978年:つかこうへい演出。高校在学中、「サロメ」を演じてみたい、との一心からオーディションを受ける。約3000人の中から見事抜擢。女優デビューとなる。しかし、酷い役を要求されたことにより、女優とは何か、と最初に疑問を抱くことになる。また演技という考えたことを肉体化するということにも悩んだ。
「狂った果実」1980年「ひめゆりの塔」1981年:女優として、自分の性をも捧げなければならなかったり、まるで本当に戦争にあっているかのような感覚に陥るなど、過酷な経験をする。そのことから、女優とは何か、を再考することになった。
「恐怖時代」1983年:時代劇スプラッターの先駆け的作品。当時としては先鋭的であった。次々と人が殺されていくところに美しさを感じていくという作品。
「仮名手本忠臣蔵」1990/1993年:歌舞伎に生の息吹をいれてやる手法をとる。役と自分のすりあわせ作業として、自分の潜在意識を原動力とし、役(の潜在意識)を作り上げていった。
演劇の女優の面白さは、何回同じ劇を演じても、その回ごとに新しい発見をすることだという。役者はその日、その回、その瞬間を生きており、もし自分自身の体調が悪い場合は、役自身の体調が悪いのだと考える。また、演出家の意図をいかに素早くくみ取れるか、が役者に必要な要素である。
「にごり江」1994/1998年:女が一夜にして青春を葬るという、言わば自我を捨てることを意識した作品。どれだけ心の襞を演じるかを要求された。明治時代の日本の日常生活を緻密に再現し、日本の美意識を描いた、かなり日本的な作品であった。
「罠」2004年:セットが一定で転換されず、役者が言葉だけで劇を表現しなければいけなかった。
■演技・演劇を通しての「コミュニケーションの芸術」について
1. 呪縛
役者は自分で、役も劇も選べず、自分の体のみマテリアルとして、与えられたモノの中にいかに自分をいれていくか。俳優は呪縛されている。表では舞台でスポットライトを浴び明るく華々しい姿と、裏では楽屋などで孤独と闘う暗さというギャップの中に生き、それをいかに乗り越えていくか。俳優の困難がそこには存在する。
2. 潜在意識を探る
いくつかの断片をいかに球にしていくかのように、一人の自分という中に宇宙を創っていく。その宇宙は、経験・考えを通して、自分とぶつかることでどんどん変形していく。
それにはコミュニケーションが重要となり、長所も短所も含め自分の全てをさらけだすことが必要である。その無防備な自分を見せることが、役者にとってのキーワードであり、役者としての自分の本当の個性が現れるきっかけとなる。氏は、自分はストーリーを表現する道具でいいと考え、自分を投げ出すことが、潜在意識を探る上では必要だと言う。技術を磨いて磨いて放り出したとき、技術は芸術に変化する。
3. 瞬間
成田三樹夫が「ひそと動いても大音響」と言葉したように、動きだけの一瞬で、その周辺、また人生までもを表現することが役者である。またその一瞬の造形が役者の醍醐味でもある。
4. 間
瞬間をとらえる。自分の間とは何なのか。自分の不安・緊張が間を縮めることになり、これまでの自分の経験から圧倒的に自分というものを信じることから、間は生じる。演技は技術というよりも、むしろ役者の間によるものが大きい。
5. 演劇空間
演劇を行う前の空間と演劇中の空間の違い。言えば演劇の空間は異空間。観客は非日常的なものを見て、また日常に帰っていく。そんなところに演劇の必要とされるところがあるのでは。
■「バラメラバ」初監督映画作品(脚本・主演も手掛ける)について
自分の潜在意識を引っ張り出して、テーブルに並べてみたらどんなモノになるだろうか。という考えから生まれた作品。
演劇は役者がコントロールしていくが、映画は監督がコントロールしていくところに違いが生じる。
映画の編集作業の際に、女と男の考え方の違いというモノを痛感。男は編集において論理的に進めていくが、女の潜在意識に論理的というモノはなく、編集に違和感を覚えることも多々あった、という。
■演技・演劇・役者について
役者とは普通以上に自分をさらけ出さないと、うまくやっていけない。普通以上に大きな声で話したり、笑ったり、泣いたり…。日常生活から感情をオープンにしていくことが必要である。
また俳優とは考えを言語化するのではなく、肉体化する職業である。頭で理解し、心で感じ、体で表現、と三カ所がうまく同時に働かなければならない。
また演技には日常生活とのギャップが必要。演じる際に今までとは別の自分を解き放つ。
今回、演技・演劇というコミュニケーションの芸術ということでお話を伺ったが、デザイン・芸術とは離れた存在にも思えるが、話を聞くとデザイン・芸術と共通、または繋がるような感覚的な部分が多々感じられた。また蜷川氏は、公的に俳優を育てる機関が必要である、という。日本は海外に比べればレベルはまだまだで、全体の底上げが必要であるということを最後に締め括られた。