| 高橋明彦@授業概要.半魚文庫 |
真面目に授業をやってないことを世間様に公表して、何の得があるのだろうか。
しかし、半分は謙遜なので、真実な異見メールなどはくださる必要有りません。
以下、詳細は折を見て書き加えて行きます。
[一般教養科目]
文学1・2(上田秋成『雨月物語』講読)
文学3(正岡子規『俳諧大要』講読)
人間と文化3(江戸のメディア)
[専門科目]
専門語学演習(古文)(変体仮名と草体の読解)
[完全自由科目]:-)
芸術と批評(現代思想と芸術理論)
[(院)選択科目]
古典演習(近世版本と挿絵)
[(院)必修科目]
地域美術研究(金沢の木版出版)
文学1・2(上田秋成『雨月物語』講読)
文学1は、前期月曜日7・8限。文学2は、後期金曜5・6限。1・2年次(選択)◇授業のテーマ:
『雨月物語』も三年間やると、かなり飽きます。今年の授業概要を考えているとき忙しかったので、とりあえず去年と同じにしておきましたが、出来れば後期は別のものをやりたい。あるいは、理論的な事をちゃんとしゃべってから、作品を読んだ方がいいのかしら。
試験でいつも出す問題のうち、「コミュニケーションの問題として作品を捉えよ」ってやつについて、今年はちゃんと理論的にしゃべります。メモ的にここに書いておきますと、
- コミュニケーションは透明ではない。しかし、全く不透明でもない。この微妙な部分をどう捉えるべきか。
- 「どう捉えるか」というのは、通常の哲学の文脈では、客観的に観察者として見るパターンが多い。一応これも紹介しておいたほうがいいでしょうね。
大学生としては知ってたほうがいいでしょう。
- ソシュールのラング
- 現象学の間主観性という発想
- ヴィトゲンシュタインのパラドックス
- しかし、文学は、そもそもこれらのコミュニケーションの透明さと不透明さのはざまを既知の事実として受止めていて、それを前提に小説を作り上げてゆくのです。『雨月物語』はその実例ですな。
- 文学作品をコミュニケーションの問題として捉えることを、自分の日常の問題として置換えて考えられる視点を養おう。「理解する」ということと同等の問題です。例えば、
美術作品も同様です。分かり易い作品とか、よく言いますが、どういう意味なんでしょうかねえ。
- 日常の会話のすれちがい
- 「作品」を理解するとは?
- 作者の意図と理解の問題
- この考えを突詰めてゆくと、「独我論」つまり「おれの思ってることは、おれにしかわからん」式な考えに陥ります。しかしそれはまずい。(くわしく言えば、そもそも独我論じたい、自律出来る発想ではないはずで、相互的なコミュニケーション様態における一変種に過ぎないと、ぼくはおもう)。
- というわけで、『雨月物語』を読みながら、独我論を乗越え、コミュニケーションの荒波にのりだそう。
◇授業の内容および形式: 講義です。
◇テキスト:『新註 雨月物語』(勉誠社) 1400円
◇評価の方法、時期: 各々学期末に1回試験を行います。論述問題で事前に課題も提示します。持込み可。
文学3(正岡子規『俳諧大要』講読)
前期水曜9・10限。2・3年次(選択)◇授業のテーマ: 今年は、修辞学の基礎も講義します。何か、「習ったなあ」って思えるものがあったほうがいいらしいんで。
そのうえで、主眼は去年と同じです。今年は、「俳諧大要」を読みます。「俳句の初歩」等は事前に読んで来てもらいます。
- 偏狭かつ近代主義的な正岡子規像の打破。前近代の「座(集団)の文学(=俳諧)」から、近代の「個の文学(=俳句)」へ、という教科書的な通念の是非について。
- 子規における「古典」とは何か。江戸時代の俳諧を極めて論理的・文体論的に分類した正岡子規の偉業をじっくり味わう(笑い)。
- 子規の文学理論、および文学観について。ドイツ観念論的というか、イデア論的というか、絶対的な美が存在するなどと考えるようなロマン主義と完全に無縁なんだよね、この人は。まあ、明治20〜30年つうのは、ドイツ主義は入って来なかっただけかも知れないが、しかし結構新鮮だね。
- 子規の理想とする俳句の在り方。まあ、これは諸論を読んでけばわかるよ。極めて明確な理想とする俳句の在り方が子規にはあるね。
◇授業の内容および形式:
講義。ただし発言を要求します。出てくる句について、事前に割振りますから、解釈してくること。
子規の俳諧の理想を理解した上で、それっぽい俳句を作って貰います。◇テキスト:『俳諧大要』(岩波文庫)。
◇評価の方法、時期: 学年末のテストと、時間中に披露した俳句。時間中の発言。テストは、事前に課題を提示しますし、持込みも可。
人間と文化3(江戸のメディア/近世印刷出版史論)
後期金曜9・10限。1〜4年次(選択)◇授業のテーマ: やることは、次の2点。
- 書誌学の基本を実習する。
- 文学・芸術等の観念は構造的社会現象を捨象した上でしか成り立たない、という事を理解する。
◇授業の内容および形式:
◇テキスト: 実習用和本や配布物等、すべてこちらで用意します。
◇評価の方法、時期:
専門語学演習(古文)(変体仮名と草体の読解)
去年に続いて、『職人尽百人一首』やろうかと思ってます。希望が有れば、それに従います。芸術と批評(現代思想と芸術理論)
後期水曜7・8限。対象(彫刻専攻3年次・選択)学生の顔ぶれ見てからテキストを決めます。以下、『授業概要』のままです。
◇授業のテーマ:
現代思想から芸術理論を考える。
私たちが生きているこの現代はどんな時代なのか。特に、芸術活動を行う上でその観点は決して無視していられないと思う。十九世紀的な悠長な芸術思想は、現代においては必ずしも有効ではなく、たんに自己表現の結果としては、制作はもはや成立しないところにきている。こういう状況の中で芸術に可能性は有るのか、一緒に考えたい。◇授業の内容および形式:
演習形式。報告者は、下記のテキストの分担部分を、簡略でよいから、要約・解説する。私の解説も交えて討論を行う。
扱う現代思想は、F・ニーチェ、F・de・ソシュール、R・バルト、J・デリダ、G・ドゥルーズ、丸山圭三郎、浅田彰など。思想に関する予備知識は必要ないが、自分にとって制作とは何か等、自身の思想的課題はあったほうがよい。◇テキスト:
◇評価の方法、時期: 筆記試験1回(学期末)。レポータとしての報告・授業中の発言内容
[授業の詳細] 授業で話したこと、これに関する学生の意見など(気が向いたときに)載せています。
古典演習(近世版本と挿絵)
後期火曜日5・6限(修士1年・選択)後期の授業だから、テキストはそれまでに考えます。絵本の絵画注釈です。
地域美術研究(金沢の木版出版)
前期金曜日7・8限(博士1年・必修)これ、去年と同じです。金沢の明治の出版の話。事前の課題も同じです。僕がしゃべるのは二回しかないから、ちゃんと出席しろよ。「どっちかだけでればよい」とか、なしね。