| 高橋明彦@授業概要.半魚文庫 |
このページ自体は手抜きですが、昨年と同様、授業は真面目にやってます。
[一般教養科目]
中上健次『枯木灘』をやろうと思いました。中上は「小説」家であり、「小説」の可能性を展開した作家で、必然的に、対照としての「物語」のあり方みたいなことを逆照射しているような点があります。と言うか、「ともかく『枯木灘』を読むと、ああ物語ってのはこういうことんだなあ、というのが良く分かる」とは私の先生の高田衛の言なのですが、その内実が最近よくわかったので、それをやろうと思ったのです。
しかし、よくよく考えてみると、この作品、まさに「声(音)に出して、読みたくない日本語」の典型でもあるんですよね。まあ、だから「小説」でもあるわけですし。最近はやりの「声に出して」や「日本語であそぼ」式の、声と身体性への安易な依存による文学的体験の片面的な賞揚(=片面の隠蔽)の構造を暴くにも最適。
だがやはり、こうしたコウショーな理想とは別に、大人数の一般教養の、しかも一年生の最初の授業に、「あの先生は、こんなのを読んで喜んでいる、きもちわるいへんたい」と思われることを強く懸念し、やました。
どうせ思われるなら、『草の花』のへんたい性のほうが、まだ受け入れ可能です。因みに、『草の花』は、小説というものの本質(近代的本質性)をよく体現しておりますが、人生の生き方みたいな意味では、あらゆる面においてサイテーですね。だいっきらいな作品です。というか、『草の花』をどう乗り越えるか、それが僕のセイシュンの課題だったわけで。ははは。
時間配分が難しい。
『おろち』、諸版ともに品切れ中につき、ほとんど『おろち』の授業にならず。経過のあらましは、楳図のページでどうぞ。
ちゃんとやりました。
[専門科目]
専門語学演習(古文)(変体仮名と草体の読解) 鳥山石燕『絵事比肩』の絵画注釈。
[完全自由科目]
アントニオ・ネグリ、マイケル・ハート『〈帝国〉』を読む。ただし、この本は高いので必携としない。『現代思想』二〇〇三年二月号は必携(9・11以後のハートのインタビューがある)。
『〈帝国〉』を理解するために、ドゥルーズ・ガタリ『千のプラトー』を先に理解しておく。ただし、この本は高いし、しかも長いので、序文「リゾーム」だけ読む。
「リゾーム」理解のために、プラトニズム、構造主義・ポスト構造主義、記号学・テクスト理論を適当に講義するから理解する。加えて、『千のプラトー』の本論の部分も適当に講義します。
[(院)選択科目]
[(院)必修科目]