#2197/3336 オアシス−談話室− ★タイトル (GDJ85261) 91/ 8/20 3:45 ( 76) 帰つてめえりやした 半魚 ★内容  こちらは、オアシスヴァージョンで、田舎自慢です:ー)  うちの田舎は新潟県の小国町という正真しょうめいの田舎です。長岡 市・柏崎市・小千谷市にかこまれた盆地にあります。さて、うちの近所 に高橋実氏という高校の先生がいて(なんと、近世文学会会員なのだ)、 「へんなか」というまあ立派な雑誌を出してます。「へんなか」という のは、火の中の訛で、小国の方言で囲炉裏の意味。3年位前から出てて、 現在6号。家にあったので、まとめて読みました。小国町は過疎地帯で あんまり活気がないのですが、最近は小国芸術村とかいうインチキみた いなもんをでっちあげていて、村おこし(雷おこしならよかったのに) を図っています。その機関誌的なものでもあります。空屋になった茅葺 の家などを都会の暇人に売り付けています。実際に、その暇人がいて、 なかなか面白ろかったりします。さて、その「へんなか」ですが、記憶 で特集を紹介しますが、基本的に、特集関連の論文エッセイ数本と、シ ンポジウムのログという体裁になっています。 1号/小国和紙  小国の紙すきの特徴はすいた紙を雪の中に埋めてさらす方法で、これ は極めて稀なのだそうです。山野田という地区(とてつもない山奥で今 はほとんど人がすんでいない。空屋が小国芸術村になっている、がはは) で主に生産されていたが、現在では継承者が零に近いらしい。20年前 には10家前後の家ですいていた。その頃から文化ナントカに指定され そうであったが、なんせ産業にする程の需要がなく、衰退の一方。 2号/瞽女  越後を中心にかつて瞽女がいて、僕が小学生の頃はよくまわってきた。 いま生きていらっしゃる瞽女たちは、老齢化してみんなとある老人ホー ムに過ごしておられるのだが、最後の瞽女が訪ねた町が小国だという名 誉。:ー) 越後瞽女は、大きくいって、暖簾分けして独立する長岡瞽女と、 家元制度が厳しい高田瞽女とに分かれるのだそうです。幼少の頃盲目に なってしまったりすると、貧しい家では瞽女に出したのだそうで。瞽女 歌は、しんとく丸やら順礼おつるやらのオーソドックスなものから、お 冨さんだとか、そんなのまであるのだそうで。事実上この世から瞽女は 消滅してしまったが、なんとかさんという女性が弟子入りして伝承して いる。 3号/わらべうた・あそび  まあ、予想通りです。 4号/渋海川  小国は、信濃川の支流である渋海川に発達した町です。 5号/巫子爺  巫子爺(みこじ)という人形劇があります。小国には太郎丸という地 区に伝わり、高橋実氏の調査で、小千谷を中心にして、12〜3の地区 で残っていることがわかりました。基本的には、アネサという巫子の人 形と爺の人形と2体を踊らせます。時期的には、文献で遡れるのは文政 期。 6号/戦後の青年団活動  小国町の青年団は、戦後直後に発足し、60年安保の時期に衰退しま す。私事ですが、うちの親父が、ちょうど60年安保の時期の団長でし て、親父が過激路線に走ったために衰退を促進したといえそうです。親 父にいわせると「次の団長の笠井氏(林家こん平の兄だと思う)なんか 盆踊り青年団だこて」とか云っていきまいてました。  いろいろ面白い記事がありましたが、笑ったのが小国の姉妹都市です。 スイスのなんとかという田舎と姉妹都市なのはまだよいとして、武蔵野 市と姉妹都市なのでした、がはは。  小国町は、元来これといった特色もなく、たんなる過疎の田舎なので すが、僕にとってはかけがえのないふるさとなのです。僕は今東京に出 ていて、なにくわぬ顔で地下鉄なんかにのったりしますけど、やっぱり 田舎者なのでした。僕には弟もいますが、僕と同様田舎に帰る予定はあ りません。今後どうなるかと思うと不安にもなります。 ps.  帰省の折には、預ける場所もないし、エドナを連れてゆくのですが、 家に帰ると、近所に捨てられた猫が子供を産んでいて、しかし近所の人 たちは「のらはこまる」とのことで、親猫はまた遠くへ捨てられ、2ヶ 月たってない子猫の何匹かは餓死。残ったオス一匹もかなりの栄養失調 で、骨の発育がよくない。親父は猫がきらいだけど、勝手な私は母と共 謀してかいならし、家にあげないことを条件に、「綾足」と命名した上、 そだててくれと頼んできました。毛並みやなつきのよさは、エドナより 上で、よい猫でした。そんな綾足をおとなしくみつめていたエドチンは、 しかしなかなか大人になったものでしたわん。