Feb 14, 2007 更新 私が考えるエネルギー問題のページへ





〜 最近おすすめの本 〜  思いて学ばざればすなわち・・・




・「下流志向 学ばない子どもたち働かない若者たち」(内田樹 著)
教育現場の問題が経済合理性に叶っている・・・ 確かにそんな学生は増えている。といって、今の若者は既に「消費主体」として社会参加し始めてしまった過去を背負っている以上、どうすればいいの?
そんな悩みをお抱えの教師にお勧めなのは、「聞き書 宮沢喜一回顧録」(御厨貴/中村隆英・編)p107に出てくるお話。宮沢喜一元首相曰く、「昭和25年になってから、ある日新聞記事に「泥棒が入って、お金を盗んだ」という記事がありました。物ではないんですね。それをドッジに言ったら、非常に喜んでいたのを覚えています。」 この話を学生に紹介したところ、拝金主義に染められた若者が新鮮な話として聞いてくれました。
アーノルド・トインビーの「歴史の研究」によれば、創造的少数者がミメシス(模倣)の能力を利用することで凡庸な人々を従わせて文明は成長する。カネってのはその道具なわけです。ドッジと比べて考えると、日銀の福井さんの貨殖事件の発覚は創造的少数者がすでに支配的少数者に堕落し、大衆を導くための催眠術に指導者自らがかかってしまったということを物語っており、文明崩壊の兆候かもしれませんな。


・「日本の食と農 危機の本質」(神門善久 著)
2006年度のサントリー学芸賞(経済・政治部門)。農民の農地転用期待を糾弾しています。けれでも、転用期待したくなるほど農民が割りの悪い営みに縛り付けられてきた事実に目を向けるべきではないかと思う。


・「白洲次郎 占領を背負った男」(北 康利 著)
白州次郎が、ケンブリッジ大学時代、J.J トムソン(電子を発見した物理学者)の試験で、自分の考えがないことを指摘されたという記述は、その後の白州の生き方と照らして実に興味深い。
白州次郎や下村治という戦後日本を支えた黒子の偉大な仕事に関心するばかりでなく、石油ピーク後の日本では、彼らの仕事の後始末が重要になることを考えなければならないだろう。 つまり、下村の高度成長の処方箋や白州の通商産業省(今の経済産業省)は、あくまでもエネルギー供給の増大が可能な時代の仕事であった。これからの日本人は、縮小均衡という魅力的ではないが、生きる上で重要な仕事に知恵を絞らざるをえないのだ。


・「持続可能な発展の経済学」(ハーマンE.デイリー著)
フレデリック・ソディの経済思想の要約が日本語で読めます。
細かいことだが、「アーヴィング・フィッシャーが、100パーセント準備通貨に関する彼の著作の中で、ソディにまったく言及していないのは不思議だ」(p261)とあるのだが、Fisherの"100%MONEY"にはソディの名前は一度だけ登場しています。おそらくハーマン・デーリーはG.B.KauffmanによるSoddyの伝記p214の記述を参考にしたのではないか・・・
ともあれ、ソディの経済思想を顧みた方がよろしい。


・「イギリス金融罪悪史」(C.ホリス著)
原著タイトルは「The two nations」で、つまり金持ちと貧乏人が生じた訳を記したもので、日本では昭和18年に出版されました。興味深いことに、2006年4月に英文の復刻版が出版されています。
袋小路へと突き進む現代社会をどうにかする答えはわかっているんだけど、ある種の人々の主情ゆえに苦しい思いを余儀なくさせられているのが現代人なんですなぁ。わけもわからずに苦しんでいるのが嫌ならば、勉強されたし。
しかしながら、石油ピーク問題は生産減を結果するので、本書が示唆するところもポスト・ピークオイル時代にはそのまま有効ではありません。


・「ゼロ成長 脱出の条件」および「日本は悪くない 悪いのはアメリカだ」(下村治著)
資源もエネルギーも自給できない日本で、私たち日本人が物質的には豊かに暮らせている。 その豊かさに通じる池田内閣時代の政策「所得倍増計画」を理論的に支えたのは下村治だった。
下村理論は経済が成長できる条件を知悉した上での施策にほかならなかった。 それゆえ、成長できない条件をも知悉しており、下村はオイル・ショック後は均衡あるゼロ成長論を唱えた。目下、世界的なピーク・オイルゆえに、あらためて下村の経済思想を省みる必要があろう。
原田武夫著「騙すアメリカ騙される日本」とか関岡英之著「拒否できない日本」を読むと、 米国からの「年次改革要望書」に沿って日本はおかしくなったんだなぁ、と痛感するが、 経済成長できないと主張する下村の言い分に耳を傾けたがらなかった経済界の主情もまた問題を大きくしてくれました。
下村曰く、
「一度、国民が浪費的になってしまうと、もう元には戻らないであろう。メチャクチャな国民になってしまう。それをアメリカがやれというなら、それは大変な内政干渉だ。日本の社会を破壊せよというのと同じだからだ。」p167
「両国とも悪くするための競争をしていることは確かである。」p193
「世界中がアメリカの砂上の楼閣に支えられて、見せ掛けの繁栄を築いているのだから、この砂上の楼閣が崩れれば、見せ掛けの繁栄も崩壊するのは当然であろう。」p207


・「文明崩壊」(ジャレッド・ダイアモンド著)
現代日本との対比で考えると、ピトケアン諸島とヘンダーソン諸島の例が、参考になるかも。
Party's Over の著者Richard Heinbergの書評にも記されていたように、 ジャレッド・ダイアモンドをして石油ピークと経済の関係についての記述が欠如しているところに、「環境問題の感知」(第14章)の難しさが示される。


・「マネーを生みだす妖怪」(エドワード・グリフィン著)
ジョン・ラスキン→フレデリック・ソディ(ラスキンの読者)→ホアン・マルチネス=アリエ的エコロジー運動→地域経済社会の線で思索を展開していた私にとって、 ジョン・ラスキン→セシル・ローズ(ラスキンの学生)→レスター・ブラウン的エコロジー運動→世界政府という話は・・・、ん〜。
私は、ウィンストン・スミス同様、「方法は理解できた、しかし、その理由は理解していない。」(『1984』) というのは、エコロジー運動が 世界政府への足掛かりになり得るとしても、この世界が「散逸構造」であるという見方をすれば、エネルギー供給が頭打ちであることがネックになるからだ。このことはソディの理想にもネックとなる。 ソディは物価指数を一定にすること(バブルを技術的に作り出せるように貨幣数量説的に可能)を提唱したが、今後、エネルギー供給が減少し生産が減少する以上、信用を収縮させるしかない。それは、あらゆる必要なものの自給率を向上させる努力を社会に求める。さて、どうしますか?
本書およびSoddyを理解するには、複式簿記を知っている必要がありますね。John Kutynを勉強しましょう。


・「MONEY versus MAN」(Frederick Soddy著)
断末魔の大英帝国が、不思議と現代日本とオーバーラップする。1930年代イギリス、失業者が溢れ、デフレ、100円均一ショップならぬ60ペニーショップが繁盛したそうな。 ノーベル化学賞を受賞している諤諤之臣フレデリック・ソディには、当時のグローバル化が単に債務者(国)探しによって左団扇で暮らそうとする方策、それは熱力学の法則に抗おうとする、お馬鹿な方策にしか思えなかったようだ。


・「石油の終焉」(ポール・ロバーツ著/久保恵美子訳)
石油生産の頭打ちと代替エネルギーの不十分な状況を解説。


・「OUT OF GAS」(David Goodstein著)
カルテクの物理教授による、石油ピーク問題しいてはエネルギー問題に関連した物理の副読本的なものです。
"Civilization as we know it will come to an end sometime in this century unless we can find a way to live without fossil fuels."


・「東大教授の通信簿」(石浦章一著)
179ページに、「カリキュラムを変更し、・・・ まだ最終決定ではありませんが、・・・ 細かいことですが、熱力学も必修に戻します。」とある。ここに、日本社会がおかしくなった根本原因が露呈されているような気がする。私としては、法学部では動物行動学を、経済学部では熱力学を必修にしてみてはどうかと思う。


・「希望格差社会」(山田昌弘著)
「この(報われない)状況を知っている真面目な教師ほど、苦悩せざるをえない。」(中央公論4月号, p48)という山田さんの言葉に触れて、購読しました。 結果としての格差社会に加え、近未来の石油ピークの問題を考慮すると、山田さんが言う「個人的対処の限界」(9章-2節)は克服しがたい問題であり、教師として, 無力感に苛まれます。


・「WEALTH, VIRTUAL WEALTH AND DEBT」(F.Soddy著)
ノーベル化学賞を受賞(1921年)しているフレデリック・ソディによって記された経済問題への解とも言うべき著作です。環境経済の分野ではしばしば引用されるわけですが、Webcatで調べてみると、日本の大学図書館にも蔵書としているところは限られているし、 邦訳が岩波文庫あたりにあってもよさそうなのにないんだなぁ、これが。 話は逸れるが、この本にも引用されているIrving Fischerの"The Purchasing Power"(1922)の第三章は金融のしくみに関する理解を助けてくれます。


・「脱フリーター社会」(橘木俊詔著)
以前、京大の先生が分数ができない大学生を嘆いたことが話題になりましたが、 この本の内容は原因と結果を混同しており、これでは脱フリーター社会は程遠いという感じです。
著者らが言うように、フリーター増加が企業に原因があるとして、企業の行動を改めよには無理がある。 企業が窮するに至った原因は何かにまで遡及して考えないと…


・「豊かな石油時代が終わる」(日本工学アカデミー・環境フォーラム編)
ASPO等をチェックし続けている者にとっては、新規な内容というものではないのだが、日本語で書かれていることに意義があるかと思う。 しかしながら、R.HeinbergのTHE PARTY'S OVERで触れられている経済へのインパクトに関する記述がほとんどないがゆえに、終章の政府への提言みたいな話は虚しいかも。
どうして石油ピークが重要なのかと言えば、数学的には借金(=派生預金)を無限に膨らまし続けることが想定(複式簿記)されて成り立っている金融システムが、エネルギーという物理的制約ゆえに無限大になりえないという現実に直面するからなのです。


・「A CENTURY OF WAR」(William Engdahl著)
たとえば、網野善彦の歴史モノなど、読めば面白いが、やはり自分で見聞きしたことでもないがために、 つまるところ、「如是我聞」で始まるお経のように思えてしまう。学校で習う歴史も然り。最近では、どうして自分は世界地図を信じているのだろうか、と疑問に思うくらい・・・
だが、エネルギーの流れを伴ってすべての営みが成り立っているということは、理科系の私にとっては、確信に満ちている。 そんな視点を根底に据えて、近現代を考察したものです。 本書については、Richard Heinbergの書評を参考にされたい。


・「THE PARTY'S OVER」(Richard Heinberg著)
タイトルが実に素晴らしい。
再生不可能なエネルギーを蕩尽してなお将来の年金を憂う現代人の精神構造が私には理解できないのですが、これは本質的な問題を喚起してくれる一冊です。
はたして何人の日本人がこれを読んでいるか?


・「人口減少経済の新しい公式」(松谷明彦著)
下の「円デフレ」においても過剰設備投資の問題が示されていたが、ここでは人口構造の不可避的な変化への対応として語られている。 私が懸念することは、近い将来、人口減少のペース(年率0.5%程度)以上に原油生産の減少ペース(年率2〜3%)が速いであろうことだ。



・「円デフレ 日本が陥った政策の罠」(三國陽夫 R・ターガート著)
バブル世代の自分探しという、新規な読み方に気づいたのでした。
野口悠紀雄氏の「1940年体制」における1940年への拘りが著者が1940年生まれであったように、1969年生まれの私は地価公示法に拘泥すべきか。というのは、わが人生の旺盛な時期をバブルの膨張と共に過ごし、日本経済の凋落と共に肉体的衰えを感じ始めているのだから。色即是空。



・「縮小文明の展望」(月尾嘉男著)
これまでの人類の歩みを概観するデータが豊富です。
あらためて「成長の限界」(1972)を眺めると、人口は2000年で70億人を予測し、実際は60億だったものの、二酸化炭素濃度380ppmはピタリと当てていた。
CO2濃度の増加が、主として産業活動(化石燃料の燃焼・コンクリート原料CaCO3→CaO+CO2・金属の精錬たとえば半導体になるシリコンSiO2+C→Si+CO2)に由来するわけだから、産業化は予想通りに進んだが、働きの割りに人口が増えなかったと言えなくもない。そう考えると、人類が賢明になったというよりも、既にのっぴきならない状況に追いやられているのではないか、という悲観が…


・「養老孟司の逆さメガネ」(養老孟司著)
薪の不足→石炭の利用→揚水の必要→蒸気機関の利用→石油の汲み上げへの転用→エネルギー多消費型文明、この流れに気づくことはポイントです。そして悲しいかな、石油資源に翳りが…




目次

〜 自著 〜 学びて思はざればすなわち・・・

・「ファザコン娘に恋をして――文明という自然現象――」
漱石曰く、「何故人間が開化の流れに沿うて今日に及んだかといえば生まれながらそういう傾向を有っていると答えるより外に仕方ない。」(「現代日本の開化」)
そこで、自然現象として文明を考えたのです。 概要
第一章(抜粋)を公開中。