ガラス | |||||||||||||
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資料名 | 飾筥 龍田(かざりばこ たつた) | ||||||||||||
作品解説 | |||||||||||||
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飾筥は、藤田の作品として最も有名で、最も高い評価を受けている作品群である。日本の伝統工芸である漆工で表現されてきた日本の美意識を、それまでは行われたことのなかったガラスという素材で表現したのが飾筥である。それは、蒔絵にあらわされる琳派の世界をガラスで表現したいという藤田の試みで、多数の作品群を制作している。本作は、正八角形の三段重ね、印籠蓋造りの飾筥である。各段の合口には銀で覆輪がほどこされている。胴部から蓋の全体に薄い赤と白の、カレットと呼ばれる色ガラスの粒を散りばめ、金箔を巻き、型に吹き込み成型している。藤田の飾筥は海外では「ドリームボックス」と呼ばれている。
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作者情報 | |||||||||||||
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藤田喬平【1921〜2004年(大正10〜平成16)】 1921年(大正10)東京都生まれ。1944年(昭和19)9月に東京美術学校工芸科彫金部を繰り上げで卒業、学徒動員。戦後、1年半程デザイナーとして勤め、文展が日展に改称した1946年(昭和21)の第1回日展に金工で初入選を果たす。その後、日展への出品は行わず、同年に入会した「真赤土(まはに)工芸会」に10年出品を続ける。1947年(昭和22)岩田工芸硝子に入社して以降、ガラスの仕事を始めるが、2年後の1949年(昭和24)には岩田工芸硝子を退社して自立、ガラス工芸作家としての道を歩むことになる。1956年(昭和31)「真赤土工芸会」を退会し、翌年東京上野で第1回個展を開く。以後、各地で個展を続ける。1977年(昭和52)から、イタリア、ヴェネチアのムラーノ島でムラーノ特有の手法と技術である「カンナ」と呼ばれる文様部材を用いた新たな作品群を制作し、1981年(昭和58)からはスウェーデンのオレフォス社でクリスタル・ガラスの作品を制作するなど、その国際的活躍によって日本のガラス工芸界に与えた影響は大きい。2004年(平成16)没。 |
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作者名 |
藤田 喬平(ふじた きょうへい) | ||||||||||||
制作年
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法量
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径30.0高21.3 | ||||||||||||