大石 幸代

 卒業論文要旨

オスカー・シュレンマーの舞台
―身体改変のためのコスチューム―


 本論で取り上げたのは、オスカー・シュレンマー(0skar Schlemmer 1888-1943)の代表的な舞台作品であるトリアディッシェス・バレエである。初演が行われたのは1922年の事であり、私達には馴染みがないように思われるが、実は86年にはソニーのCMでも部分的に復元されている。鮮やかな色彩とコミカルな動きをするダンサー、ロボットのようにも見えるコスチュームによって作り上げられているその作品は、少しも古臭さを感じさせない。それはバレエという名称から連想させる、伝統的で古典的なもの、或いはバレエ愛好家のためだけの楽しみに尽きるものではない。トリアディッシェス・バレエを一目みたならば、その多くの人が作品の楽しさに引きずり込まれるだろう。しかし、初演から80年近い時が経ち、なお且つドイツの舞台作品であるために、日本では殆どトリアディッシェス・バレエについての研究は為されていない。それどころか、シュレンマーの名前も、バウハウスで教鞭をとっていたにも関わらず、あまり知られていない。

 シュレンマーはもともと画家であるが、同時にダンサーでもあった。彼にとっては、人間の動きというものが常に興味の対象だった。また理論家でもあったシュレンマーは、トリアディッシェス・バレエの理論を『人間と人工人物』という論文にまとめている。本論では、シュレンマーの理論を知り、トリアディッシェス・バレエを理解するために、多くの部分をこの『人間と人工人物』に依っている。また、それとあわせて彼の日記と手紙も参考にしている。シュレンマーは、日記にも常々自分の理論を記しているのである。そして、彼がバウハウスで行った授業、「人間」の資料をまとめた本は、彼の人間に対する考察を明らかにする資料で、人間を数学的、哲学的に分析するというものである。トリアディッシェス・バレエの近年の研究書としては、ディルク・シェーパー著『トリアディッェス・バレエとバウハウス舞台』(1988)があり、本論におけるシュレンマーの作品についての詳しい上演回数や、詳細についてはこの本を参考にした。

 トリアディッシェス・バレエとは何なのか。この名称はドイツ語のTrias=三つ組からきていて、つまり、三つ組みのバレエという意味である。バレエはその名の通り3部構成であり、さらにその中に数々の3の要素が含まれている。また、ダンサーは3人で18のコスチュームによって構成されている。制作に当たって、舞台作品に限らずシュレンマ一が常に念頭においていたのは基本や簡潔さであり、それは往々にして3つの面を持っている。例えば形の基本といえば、円・三角形・四角形であり、色ならば赤・青・黄色である。そして舞台全体が、3の要素の響きあいによって成り立っているのである。それらは、形・色・空間であり、ダンス・コスチューム・音楽、またコミカル・グロテスク・バーレスクや、厳粛性・悲哀性・象徴性、政治性・哲学性・形而上学性といった様々な三つ組である。そしてそれらの要素は、互いに平衡を保たなければならない。

 その第一段階として、シュレンマーはコスチュームによる人間の身体改変を行つた。ダンサーが登場する舞台においては、何よりも人間は全ての要素の前提であり、最も重要だからである。
しかし、トリアディッシェス・バレエのコスチュームは、殆どが動きにくい、ハリボテの鎧のようなものである。シュレンマー自身がダンサーでありながら、何故そのように動きに<いコスチュームでなければならなかったのか。そもそも、そのようなコスチュームに何の意味があるのだろうか。バレエらしい体にぴったりとするタイツや、バウハウス舞台工房でのバウハウスダンスのような、動きやすい、生身の人間の体を露呈したものではいけなかったのだろうか。

 これらの疑問を解く鍵を『人間と人工人物』の至るところに見つける事ができる。まず、考慮に入れなければならないのが、空間と人間との関係である。シュレンマーは空間と人間は、もともと相容れないものだとしている。何故なら、空間は数学的な線の網からできていて、有機的な人間、感情に左右される人間という自然的な牛き物は、その数学に合致する筈がないのである。そのためには、人間の体を変えなければならない。その手段がコスチュームなのである。

 コスチュームは人間の体を部分的に抽出している。例えば、握りこぶし、膝の球、太股、胴の円柱などである。それらが大胆にコスチュームへと翻訳されていて、コスチュームの足は巨大な綿詰めによってその形を強調し、また手の先には球がはめ込まれる。ここでみられる身体を形へと還元するという作業も、基本的な形である円・三角形・四角形というものに拠っている。また、空間の中での人間の運動法則もコスチュームに表されている。まっすぐで厳格なステップ、くるくると回転する動き、ぴょんぴょん飛び跳ねるジャンプ。これらのダンサーの動きを、コスチュームによって明示をしている。例えば、女性ダンサーの「螺旋」というコスチュームは、固いハリボテの円錐形のスカートの周りを、3本の螺旋の列が走っている。これは黒い背景と暗い照明の中で踊るため、螺旋の部分は玉虫色に光る素材でできている。そして、主に回転の動きをするのである。空間の中での、コスチュームに合った規則正しい動きによって、ダンサーは空間に組す事ができるようになったのである。

 また、音楽・ダンス・コスチュームの三つ組という点では、26年からトリアディッシェス・バレエの音楽を担当しているパウル・ヒンデミットの機械的オルガンのための作曲に、その年の日記で「なぜ機械的オルガンなのか?・・・精神的でドラマチックな感情充溢とは反対の踊り方・・・コスチュームによって部分的に規定されている踊り方のステレオタイプを受け入れるからであるし、一方ではそれは肉体機械的、数学的コスチュームに対して、平行線を形作るからである」と記している。立体的幾何学的な空間と、コスチュームが平衡を保つように、音楽もまたそれらと平衡関係にある。

 トリアディッシェス・バレエは、もちろん視覚的に楽しく明るい、シュレンマー自身が舞台作品に望んだ、お祭り的な性質を持つものである。しかし、その裏では、厳密な計算と多くの理論がバランスよく並んでいるのである。

 本論の構成は、第一章でバウハウスとバウハウスの舞台について、第二章でシュレンマーの略歴、そして舞台理論を、時代背景から探る芸術動向(1920年代は多くの芸術家が前衛的舞台を創作している)などを織り交ぜながら述べ、第三章はトリアディッシェス・バレエに焦点を当てている。

 トリアディッシェス・バレエについての具体的な記述はあまりないため、論を進めるにあたっての作業は、実体がないものをだんだんと掴んでいく様なものだった。それが少しでも、文字がビジュアルになって、頭の中で舞台を創ることができるようになればいいと思っていた。何よりも舞台とは、シュレンマーが言うには祭祀である。

 トリアディッシェス・バレエには、たくさんのややこしい理論が隠されている。それらを紐解いていく作業は、興味が尽きない楽しい事である。

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