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助手さんの仕事 vol.1 <菊谷 達史/KIKUYA Satoshi>

2020年07月08日

助手さんの仕事 vol.1
<菊谷 達史/KIKUYA Satoshi>

会期 2020.7.6(Mon)-10.9(Fri)
会期 場所 金沢美術工芸大学 研究所棟2F ガラス面展示空間+本学ホームページ


【作家インタビュー】
作家に10の質問をなげかけ、自身の言葉で回答してもらいました。
学生時代から今に至るまでの作品制作における変化や、現在のアトリエの様子などを掲載しています。
学生のみなさんにとっては、卒業後の将来を考えるヒントになるかもしれません。

なお、会期中には本学研究所棟2F ガラス面展示空間にて作品を展示しています。
そちらもあわせてお楽しみください。

美術工芸研究所
2020.7.6


 
1、なぜ(金沢)美大の油画専攻をめざしたのですか。

特に金沢を目指していた訳では無いのですが、親からは学費面で「行くなら公立にして」と頼まれたので、自動的に金沢美大、愛知県芸、京都市芸、東京藝大の四択に絞られました。今考えると沖縄県芸が選択肢として無かったのは不思議ですが、僕が通って居た札幌の美大予備校の方針だったのかもしれません。僕にはもっと基礎力を身につけてから進学したいという密かな浪人願望があったので、色々な条件を考慮し金沢単願で受験しました。そこで運良く合格出来たので良かったですが、後々「実は経済的に浪人はさせてやれなかったのだ」と親に告白されもっと早く言っといてくれよと思いました。
油画専攻にしたのは、絵を描く専攻希望で油絵具は高校の美術部で少しばかり経験があったというのが理由です。
 
 
2、学生時代に制作した作品をみせてください。(当時こういうことを考えて制作した、こういうことで苦労した、今みてみるとこう思うなど、教えてください)

今の仕事とも繋がっている気がする一番古い作品はこれです。2008年(学部2年)にシェル美術賞というコンペに出そうと、夏休みに教室を借りて描いた作品です。これは赤白帽の体操着を着た子供達がモチーフですが、当時は他にも水泳着、スキーウェア、土木作業員、アスリート、学生服といった、やたらとコスチューム性の強い人物を描いていました。
ここには「群像画(物語画)」「人形(キャラクター)」「余暇と労働」など、今の制作でも重要視しているキーワードが、既に現れている気がします。シェル美術賞には落選してしまいましたが、その年の美大祭コンペで、金沢21世紀美術館のキュレーターの方から審査員特別賞を貰え、ちょっと自信が出た思い出深い作品です。


≪僕たち私たち≫2008年 1120×1455mm キャンバスに油彩
 
 
3、学生時代に作品制作で心がけていたことを教えてください。

作品の完成度や出来不出来は気にせず、とにかく誰よりも沢山作品を作って、誰よりも一番発表しようと考えていました。締切や発表の機会を先に設定して強制的に制作に向かわせていた感じです。展覧会やコンペや学内イベントなど、細かい機会も含めると学部修士の6年間でだいたい70~80程の発表の機会があったと思います。
今振り返ると、もっとじっくり作品を反省したり、本を読んで作家や歴史について学んだりという、落ち着いた時間も持てれば良かったと思わなくも無いのですが、あれはあれで作家としての基礎体力作りにはなったと思います。
 
 
4、現在制作している作品をみせてください。どのようなコンセプトで制作していますか。

「現在制作中」というよりも「現在中断中」といった方が正確かもしれませんが、これは2018年1月から描き始めてからまだ完成していない作品です。ずっと描いているわけではなく、ただずっとアトリエに放置してあり、今も気が向いたら筆を加える、という珍しい進め方の絵です。締切に追われず描ける作品というチャンネルをひとつ用意しておきたかったのかもしれません。モチーフは私のパレットや筆立を置く為の作業台を上から見下ろした様子です。俯瞰の静物画ってあまり見た事無いなという思いつきで始めました。
当時から既に「物の群像画」というイメージもありました。後に作る事になる『厨房のアニメーション』を微妙に予告してると取れなくもありません。


≪タイトル未定(未完成)≫2018年~ 2240×1455mm キャンバスに油彩
 
 
5、活動拠点を金沢にしている理由を教えてください。また、アトリエの様子や道具をみせてください。

これも特別金沢に固執してるという訳ではありません。住み慣れた環境と安い生活コスト、周りに理解者も多く単に活動がしやすかったんだと思います。もう14年目なのでぼちぼち金沢も出てみるのも良いかなとポジティブに考えたりもします。画像は2020年5月に移動したばかりの今のアトリエです。過去最も狭くこれまでの様に大きな絵を複数枚同時に描く事は物理的に出来ませんが、小さなアトリエだからこその制作もある気がしているので、今はそういう実験期間として捉えています。因みに天井高だけは過去トップクラスなのであまり窮屈な気分にはなりません。アトリエは広さより高さの方が実は重要なのかもしれません。


撮影:中川暁文


モチーフにもなった作業台。新アトリエでは使えないので解体予定。
 
 
6、現在、気になっている作家や作品があったら教えてください。

クレイアニメーションのブルース・ビックフォード。戦後ドイツの画家ヨルク・インメンドルフ。前回のミュンスター彫刻プロジェクトにも参加していたアメリカ人画家のニコール・アイゼンマン。当時は珍しく渡米してアートを学んだ栃木県出身の洋画家清水登之。16世紀のオランダの画家ピーテル・アールツェンなど。みんな少し変態的な群像を描いていると思います。

その他、初期の吉原治良や伊藤久三郎のようなリズミカルでどこか爽やかなシュルレアリスム絵画も気になります。最近だとウォルト・ディズニーとサルバドール・ダリのコラボレーション作品『ディスティーノ』(2003)をTwitterでみて衝撃を受けました。これは1945年に企画されたものの戦争で頓挫し、無期限活動中止を経て58年後に再稼動したアニメーション作品です。
 
 
7、作品制作をやめようと考えたことや、行き詰まったことなどありますか。もしあるのだとしたらどのようにのり越えましたか。

行き詰まる事はしょっちゅうですが、他にやりたい事が特に無いのでやめようと考えたことはありません。この「行き詰まった」という言葉はスポーツにおけるスランプというか、いつも通りのパフォーマンスを発揮出来ていないネガティブな状態の事を指していると思いますが、僕はこの行き詰まり状態を「自分の中の既存のルールやシステムがなんらかの理由でうまく作動しなくなり、メンテナンスやアップデートを必要としている状態」と、平たく言えば変化や成長の兆しという風に割とポジティブに捉えています。こう言うとただ前向きな奴と思われそうですが、あまり悲観的になり過ぎても「行き詰まり」は解消されないと思います。僕の場合は、こういう時は無理に手は動かさず、本を読んだり、作品をみたり、外に遊びに行ったりと、色々インプットして作品のイメージと圧力が高まるのを待つ事にしています。
 
 
8、あなたの作品の中で自身にとって重要な作品をみせてください。また、重要と考える理由を教えてください。

自分にとって重要な作品はいくつかありますが、最新のものでいうと『アスレジャースタイルで走る人々』という大型の油彩画です。これは昨年2019年度に実習助手をしながら通った『ゲンロン カオス*ラウンジ 新芸術校』というオルタナティブなアートスクールのカリキュラムで制作した作品です。金沢美大在学時からの約10年に及ぶ連続した仕事の「総決算」になっていると感じます。それは決して過去最高傑作という意味ではありません。少し言い方を変えるなら「終わらせる仕事」ができたという感じで、完成した時強い充足感がありました。しかしこれを「総決算」と感じるのも錯誤かもしれません。
この作品から人形(アバター)、運動(映像)といったキーワードが導き出され、新たにアニメーションを始めるきっかけとなった作品でもあります。


≪アスレジャースタイルで走る人々≫2019年 2080×2735mm  キャンバスに油彩
 
 
9、社会にでると制作活動だけで生活していくことが難しくなりますが、助手としての仕事、アーティストとしての仕事をどのような時間配分で行っていますか。

助手になる前の2年間、僕は美術品運搬業者と絵画教室講師のバイトがメインでした。その頃に比べると美大実習助手をしている今は「アーティストとしての仕事」に割ける時間は増加しているので大変有り難い事です。しかし一方で、考えなければならないのは、24時間アトリエで制作活動に没頭している時間よりも、美大助手や運搬業者や教室講師として労働している「アーティストとしてじゃ無い仕事」の時間の方が、むしろ多くのインスピレーションや思想を深めるヒントを得ているという実感です。
「制作活動だけで生活していくこと」はつまり「作品で食っていけてる状態」を意味してると思います。僕も曲りなりに10年以上コマーシャルギャラリーと仕事をしているので、作品が売れる事の意味や恩恵はそれなりに理解してるつもりです。なので、制作活動だけで生活していける状態になれたら良いだろうなとも思う一方で、「作品で食っていけてる状態」をアーティストの条件にするのは危険だという考えも強く持っています。制作活動を飯の種にしようする余りアーティストとしての仕事が退屈な作業へと墜落することも、僕の場合は十分ありえます。
「労働の中で作品のヒントがわずかにでも得られればそれはもう労働ではない」。この言葉は恩師からの受け売りですが、重要なのは日々の労働や余暇の時間の中にも一瞬「アーティストとしての時間」が混じってくる事なのだと思います。
 
 
10、最後になりますが、作品制作を続けるうえで大切だと思うこと教えてください。

もちろん人それぞれでしょうが、僕の場合は未達成感と使命感を持つ事かなと思います。僕は自分の作品をゲームのスコアくらいに捉えているところがあります。僕は今31歳ですが、38歳でどんな作品を作っているだろう。45歳では完全に絵じゃなくなってるかも。という具合に自分が次どんな展開をするのか、自分自身が期待しています。これは「プレイヤー」としての僕個人の欲望です。
対して使命感というのは、100年後の観客の目を気にした振る舞いというか、「この国にこのタイミングで生きているからこその仕事をちゃんと残さなきゃな」という、同じプレイヤーでもそういう演者としての仕事もちゃんとしたい。そういう意識です。


【プロフィール】

菊谷 達史 KIKUYA Satoshi
アーティスト/洋画家

https://mum8track.wixsite.com/kikuyasatoshi


撮影:中川暁文

【経歴】
1988 北海道稚内市うまれ
2011 金沢美術工芸大学美術工芸学部美術科油画専攻卒業
2013 金沢美術工芸大学大学院修士課程美術工芸研究科絵画専攻油画コース 修了
現在 本学 油画専攻実習助手及びレーザーカッター助手

【個展】
2018 「Play a role」 創治朗(兵庫・伊丹)
2017 「タッチアンドストローク」 ルンパルンパ(石川・野々市)
2017 「Indoor landscape」 CRISPY EGG Gallery(神奈川・淵野辺)
2015 「サーモンピンクと黒い花」 ASAGI ARTS(東京・銀座)
2014 「月とグレープフルーツ」 金沢アートグミ(石川・金沢)

【グループ展】
2017 「VOCA2017」上野の森美術館(東京・上野)
2016 「シェル美術賞 アーティスト セレクション2016」国立新美術館(東 京・六本木)
2015 「第18回岡本太郎現代芸術賞展」川崎市岡本太郎美術館(神奈川・川崎 )
2014 「ファン・デ・ナゴヤ美術展2014『虹の麓 -反射するプロセス-』」名古屋市民ギャラリー矢田 全室(愛知・名古屋)
2011 「Nomadic circus troupe」 北海道立近代美術館(北海道・札幌)

【賞歴】
2018 「第10回絹谷幸二賞」ノミネート(推薦者 #10 OJUN、#8 小松崎拓男、#4山口裕美)
2015 「神戸ビエンナーレ ペインティングアートコンペティション」審査員特別賞
2014 「第18回岡本太郎現代芸術賞」入選 (菊谷達史と四井雄大)
2012 「ファン・デ・ナゴヤ美術展2014」 企画
2011 「シェル美術賞2011」 入選

【その他】
2020 「急傾舎のご案内」急傾舎(石川・金沢・自宅)
2020 「ゲンロンカオス*ラウンジ新芸術校第5期最終選抜成果展『プレイルーム』」ゲンロンカフェ(東京・五反田)
2019 「3331 Art Fair 2019 ‒Various Collectors’ Prizes‒」3331 Arts Chiyoda(東京・外神田)
2015 「あきたアートプロジェクト-急がば廻れ-」アトリオン・茜屋珈琲店(秋田)
2015 「アーティスト・イン・レジデンス東海さるく」リバーパル五ヶ瀬川(宮崎・延岡)

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