母親とは娘にとって何か?
娘とは母親にとって何か?
そして……
母親は娘に何を与えたか?これは『洗礼』のプロローグとして掲げられた言葉である。
ホラーのあらすじを書くような野暮なことはしないが、まあともかく、『洗礼』は母と娘の物語である。
その母親は顔左半面に大きく醜いアザが有り、往年の大女優であったことなど誰も知らない。娘・上原さくらは小学4年生で、担任の谷川先生はみんなのアイドルで、さくらもあこがれている一人である。
で、さくらは頭の手術をしたので、ひそかにカツラをかぶっているわけだが、そして顔にアザも出来始めていてそのために顔に包帯までまいているわけだが。
物語のラスト近くで、谷川先生と二人きりの時、カツラと包帯を取る。
もう、この時のさくらはとっくの昔に、物語冒頭での可憐な少女ではなく「子供の皮をかぶったおとなのバケモノ」(谷川の妻の言葉)なんだと思ってくれ。
さくらになりすました母親(になったと思込んださくら)は、もうさんざん谷川の妻和代やら(コキブリ炊込みおかゆ、とか。うげ〜)、クラスメイトやらを陥れ、ルポライター波多あきみなんておそらく殺しちゃってるんだから。あんなに可愛い、眉の上で切りそろえた前髪の女の子。ひゃー、こわい。さて、そんな容貌を谷川には初めて見せたのだが、
「でももう、だいたい感づいていたわね」。
そして自らアザを指さし、
「これはわたしの母がわたしにゆずったものよ」。
「もし、またあなたがこれと同じものをみたら、それがあたしよ……」。
また見るとはどういうことかと問う谷川に対し、訳は言えないといい、こういう。「わけなんてないのよ。だれだって子どもは親に似るしかないのよ。ただ、それだけよ。」
この、「ただそれだけよ」のダメ押しが、なかなかキツくいていい。
「ほほほ(笑い声)」や「らんらんらん」などの科白とともに、さくらの名言のひとつだろうね。僕が『洗礼』のなかで一番好きな場面の一つである。○
顔に拡がるアザの不安は、「呪われた屋敷の少女」(サンデーコミックス『百本めの針』所収)や「姉妹」(『おろち』所収)などにも既にある楳図の基本モチーフの一つだろう。『蝶の墓』には胸のアザなんてのもあるし、『闇のアルバム』には股間のアザもあった。
しかし、『洗礼』のアザはこれらと決定的にちがっている。
『蝶の墓』や『闇のアルバム』は、アザの持主の女がそのアザを受入れた所から物語が始り、アザへの反逆、あるいは克服(逃避的な)の物語であっただろう。アザは、内発でも外発でもなく(すなわち、アザがひろがったことに原因は無く)、それはアザの後の物語である。
或いは、「姉妹」などでのアザは、それを受入れることを拒む物語であったろう。
「姉妹」のアザはわりかし単純で、運命的な遺伝、つまり内発的なものである。あるいは、血脈という一貫した内輪意識というか。「呪われた血族」式の運命であり、そこに生まれてしまった以上もはや抜出せない、というところから物語が始るのである。私はどうしてこんな運命の下に生まれてきたの、と歎いても、またその原因を突止めてみても、どうしても抜けられない世界である。つまり、外部(出口)は無い。それに対して『洗礼』のアザは、母親からの遺伝などではなくて母親そのものである。さくらへの母親の刻印である(まあ実際、さくらは実は母親であるが)。あるいは、娘のなかに母親の刻印が存在する、ということそれ自体が物語なのである。或いは、他者(外発)からの刻印。
○
谷川はエンディングで、さくらは自分のまわりがいびつに歪んでいたことを敏感に感じ取ったのだとしたり顔に解説してみせる。
おい、谷川よ、正彦ちゃんよ。君はおっさんくさいが、恐らく20代だよな、まだ。なんだ、おれより年下なんじゃんよ〜。だったら、途中で小学生の色香に迷ったりしても(ほとんはしてたんだろ?)、しょうがないか。
それはともかく……、
いびつな世界では、まっすぐなもののほうがいびつとされる。このモチーフは『イアラ』の最終回なんかにもある。地球の滅亡に近い頃、すでに人間は醜く変形していて、突然変異的に美しいまま生れたサナメのほうが異形の人として迫害される。この直接の典拠は知らないが、むかしおんなじ話をトワイライト・ゾーンで見たことある。
美醜、善悪の民主主義的変換といってしまえばそれまでのこのモチーフ。『洗礼』の場合のこの「いびつさ」というのは、数の問題では、おそらくないだろう。
谷川のいう、このいびつさは、母親から娘へという不可逆的な因果関係そのものであろう。そう、母と娘は不可逆的なのである。なぜか? 「わけなんてないのよ。だれだって子どもは親に似るしかないのよ。ただ、それだけよ。」
この関係には、「ママがこわい」以来の、母親に他者を見出す意識があるだろう。『洗礼』のエピローグには、プロローグの母親と娘をほぼそのまま神と人に置換えられた言葉が記される。
神にとって人とは何か?
人にとって神とは何か?
そして……
神は人に何を与えたか?最初に読んだ時には、「なんて唐突で大袈裟な」なんて思ったもんだが、それは私の浅はかさとゆるしてくれ。神は自らに似せて人間を造ったが結局は調和しない他人同士だという、ウメズ神学がここにある。
○
『洗礼』は、いまは小学館文庫のですぐに読める(全4巻)。ただし、巻きカバーの写真の少女がさくらに較べてなんともみにくいのが難。それと、フラワーコミックス版(全6巻)にはあった「よくない部屋」が抜かれてるのも。それにしても、文庫判ってのは小さいものですね。