2009 March


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経済のエネルギー制約を考えた方がいいですよ

 



「崩壊時の相違」を見極める:ソ連はアメリカよりも崩壊の備えに長けていた
Closing the 'Collapse Gap': the USSR was better prepared for collapse than the US


Published Dec 4 2006 by
Energy Bulletin

written by Dmitry Orlov  
(彼は、この翻訳を快諾してくれました。感謝。)

(translated by Dr. M.Ohtani at Kanazawa College of Art)

みなさん、こんばんわ。ぼくは何かの専門家や学者でなければ、社会活動家でもありません。むしろ、ぼくは目撃者ですね。ぼくはソ連の崩壊を観察したわけです。それで、観察したことを簡潔なメッセージにしようとしているわけです。ぼくのメッセージがどれくらい緊急性を要するものか、その判断はあなた次第ですけどね。

今夜のぼくの話というのは、アメリカ合衆国では崩壊への備えがなっていないなぁ、というものです。そこで、ソ連が崩壊する前の状況とアメリカの現状とを比べてみようと思います。仰々しく言えば、「崩壊時の相違点」とでも言うべきことを扱うわけでして、これは冷戦時代に顕著だった超大国間の様々な相違、核開発における相違点だとか、宇宙開発における相違点のようなものです。

スライド[2] 経済崩壊の問題というのは、一般には悲しい出来事です。ですが、ぼくは楽観的で快活なタイプの人間でして、少しばかりの準備があれば難なく切り抜けられると信じているのです。おそらくあなた方が察しているように、ぼくは経済崩壊の観察にかけては実際のところかなり熱心ですよ。多分ですけど、ぼくが年寄りだったら、すべての崩壊は同じように見えるのだろうと思いますが、ぼくはまだそういう年寄りではありません。

ともあれ、次に起こる崩壊は興味をそそるものです。ぼくが見たり読んだりしたことから思うに、米国経済は予見できるほど近い将来に崩壊する可能性が高いように思われるのです。それでいて崩壊に対してまるで準備できていないように思われるわけです。現状のままでは、米国経済は雲散霧消するかのような方向に進んでいるのではないか。そんなわけで、ぼくのソビエト崩壊の観察は他山の石になるかと思うわけです。

スライド[3] ぼくが予想していることは、ソビエト連邦の崩壊時と比べて、アメリカ人は国家を維持する上でひどい振る舞いをするだろうということです。仮にアメリカの方が先に崩壊していたとしても、ソビエトの人々はやはり(1990年代と)同様のことになっていたであろうことを保証したいですね。ともかく、20世紀の二つの超大国は、少なからず同じようなことを目指していたわけです。やり方こそ違えども、二つの超大国はともに技術の進歩、経済成長、完全雇用、世界制覇を目指したのです。そして、同じような結果を得たのです。どちらの超大国も順調にことを進め、この惑星全体を震え上がらせ、互いに一方を恐れ続けたわけです。そして、いずれの超大国もついには破綻したわけです。

スライド[4] アメリカとソ連は多くの分野で互角に争いましたが、ぼくは四つのことだけ取り上げます。

ソビエト時代の有人宇宙飛行プログラムは今なお健在で、ロシア政府の管理下でうまく機能していて、今や史上初の宇宙憲章をも供しています。アメリカの宇宙船がお店に飾られている一方で、アメリカ人宇宙飛行士たちがソユーズに乗り込むようになっているのです。

軍拡競争ははっきりした勝敗がつきませんでしたが、そのこと自体は示唆を与えています。つまり、相互確証破壊(MAD)に効力があることを示しているわけです。ロシアは今なおアメリカよりも多くの核弾頭を保有しており、ミサイル防衛システムをもくぐり抜ける超音速巡航ミサイル技術も持っています。

監獄競争では、ソビエトの斬新なGULAG(強制労働収容所)プログラムゆえに、かつてソビエトは群を抜いていました。けれどもソビエトは徐々に後塵を拝するようになり、結局、監獄競争ではアメリカ人が勝利するに至り、刑務所に収容されている人の数ではアメリカは史上最高を誇っています。

忌み嫌われる邪悪な帝国競争でも、アメリカ人に軍配が上げられています。今や張り合う相手もいないほどです。

スライド[5] 超大国の類似性を挙げ連ねるならば、ソ連を崩壊に導いた多くの問題が今、同じようにアメリカ合衆国を危険にさらしている、ということになります。とても強大で装備が充実しているものの、とてもカネのかかる米国軍は、明確なミッションもないまま、イスラム教徒との戦いに行き詰まってしまいました。石油生産のピークに由来するエネルギー供給量の減少も問題です。いつまでも放っておけない貿易不均衡問題は、制御不可能なほどの対外債務を積み増してしまいました。欺瞞に満ちた自国のイメージ、頑迷なイデオロギー、無責任な政治システムといったことも似ていますね。

スライド[6]  経済崩壊というのは、観るも驚きの出来事であり、そして、正確かつ詳細に特徴が示されるならば、興味深い出来事でもあります。一般的な描写は的外れなものが多いので、ぼくがポイントを示してみせましょう。経済的な取り決めというのは、それが持ち堪えられないような事態になった後でも、惰性によって、しばらく続いてしまうわけです。けれども、ある時点で、約束が破られて前提条件が無効になるという潮の流れによって、経済活動はすべて海の方へと押し流されてしまうのです。そのような持ち堪えられない取り決めというのは、諸外国からますます多くのカネを永続的に借り入れて、ますます多くなるエネルギーの輸入の支払いに充て続けることが出来る、という誤った考えにもとづいているわけですが、このような輸入の費用は数年で倍増してしまいます。ただで手にしたカネでいくらでもエネルギーを購入するということは際限のないエネルギーを意味するかのようですが、しかし、際限のないエネルギーなど自然界にはあり得ないことです。だからして、アメリカのようなやり方が成り立つのは、一時的な条件でのことであるにちがいないのです。エネルギーの流れが平衡条件に向かって元に戻ろうとするときには、アメリカ経済の多くが店仕舞いを余儀なくされることでしょう。

スライド[7] ぼくは以前にロシアで起こったことをいくらか詳細に書き記しています。(註: Post-Soviet Lessons for a Post-American Centuryと題する論考。)それで、これからアメリカで起こることが、少なくとも共通の事柄において、まったく異なる様相になるという理由をぼくは見つけられないのです。特定の事柄については異なる様相を呈するはずで、そのことについてはすぐ後に取り上げます。ですが、私たちは、燃料、食糧、医薬品、その他数え切れないほどの日用品が不足することや、電力、ガス、水道の供給停止、輸送交通システムや他の社会インフラの崩壊、ハイパーインフレーション、大規模な倒産と失業、そして、これらのことに伴う絶望、混乱、バイオレンス、無法状態といったことをしっかりと予期すべきなのです。私たちは断じて、壮大な救済策、革新的な技術開発計画、あるいは社会的結束という奇跡を期待すべきではないのです。

スライド[8] このような展開に直面したならば、ある種の人々は生き残るためにしなければならないことは何なのか直ちに認識し、およそ誰かの許諾を得るまでもなく、生きるために然るべきことを始めます。経済活動のようなものが自然発生します。それはまったく変則的なもので、ときに犯罪まがいなやり方となります。それは古い経済の精算と再生を中心に営まれる、古い経済の遺物のようなものです。それは、所有権や合法的な権限よりもむしろ、資源に対する直接的な権利や力による脅威にもとづく経済です。こういうやり方に難色を示す人々は、すぐに自らゲームを降りることになると気づくわけです。

 

以上が共通事項であり、これよりいくつかの特異的な事柄を見ていきましょう。

スライド[9] 崩壊への備えとしてまず大事なことは、屋根のある生活を続けるためには必ずしも適切に機能している経済を必要としないのだということを確認しておくことです。ソ連では、すべての住宅が政府の所有であり、政府がそれを人々に直接利用できるようにしていました。すべての住宅はまた政府によって建造されたので、政府が供する公共交通機関の利用できる場所にのみ住宅が建造されました。崩壊後も、ほとんどすべての人々が住み処を持つことができたのです。

アメリカでは、ごくわずかな人だけが抵当に入っていない住み処を持ち、そういう人たちでさえも固定資産税を支払うための収入を必要とします。収入のない人々はホームレスになってしまうのです。経済が崩壊したならば、ごくわずかな人々だけが収入を得ることになるでしょうから、ホームレスがおびただしい数になるでしょう。しかも、ほとんどの郊外が自動車に依存せざるを得ない環境ですから、あなたが垣間見ることになるのは、都市の中心へと向かうホームレスの大移動でしょう。

スライド[10] ソビエトの公共交通機関は、何かといろいろありました。数は少なかったものの自家用車だってあったのです。ガソリンの配給や不足はおよそ取るに足りないほど希有なことでした。すべての公共交通機関のインフラはほとんど無限に維持管理できるように設計されており、崩壊した経済の合間でさえも稼働し続けたのです。

アメリカの人々はほぼ完全に自動車依存であり、石油の輸入・精製・流通を左右する市場に頼っています。アメリカ人はまた道路の建設と補修への継続的な公共投資に頼らざるを得ない。自動車自体が輸入部品の安定供給を要求し、長持ちするようには設計されていないのです。この複雑に錯綜したシステムが機能停止したときには、多くの人々が無力であることに気づくでしょう。

スライド[11] 経済崩壊は最終的には、民間部門の雇用と同様、大規模に公的部門の雇用に影響します。政府の官僚は行動が遅い傾向があるので、より緩慢に崩壊します。また、国営企業はおよそ非効率で在庫を抱え込んでいるので、現物支給として従業員が家に持ち帰るモノがあり、物々交換に使えるわけです。ほとんどのソビエトの就業者は公的部門に属していました。このことが人々に次に何をすべきかを考える猶予を与えたのです。

民間企業は多くの点ではるかに効率に優れる傾向があります。余剰人員を解雇したり、不採算店舗を店仕舞いしたり、資産を売却するなど、です。ほとんどのアメリカの就業者は民間部門に属し、ほとんどの人々がまったく突然に永続的な失業状態へと転変することを予期すべきでしょう。

スライド[12] 困ったときには、人々はたいてい家族を頼りにするものです。ソビエトは慢性的な住宅不足でしたので、三世代同居はざらでした。このことは家族を幸せにはしませんでしたが、少なくとも互いに慣れさせはしました。それゆえ、どんなことが起ころうとも、平素の予想は一緒になって我慢するというものだったのです。

アメリカでは、家族が原子のようになって、いくつかの州に離ればなれになる傾向があります。いやはやアメリカ人は、感謝祭やクリスマスのような最良の時にあっても一緒に過ごしていると、互いに寛容になれないという問題を時折抱え込むみたいです。悪いときになって、彼らは共に歩むことが難しいと気づくのかもしれません。この国にはすでにあまりに多くの孤独が蔓延っていて、はたして経済崩壊が孤独を癒すことになるか、ぼくは疑念をもっています。

スライド[13] 災厄を寄せつけないために、アメリカ人はおカネを必要とします。経済崩壊の最中では、たいていハイパーインフレーションになり、預貯金が無に帰してしまいます。凄まじい失業で、収入も絶たれます。その結果は、ひどく貧乏な人口集団になるということです。 ソ連では、カネで得ることができたのはわずかでした。カネというものは、富というよりもむしろ引換券のようなもので、友達の間で共有されていたのです。多くのモノ、家も交通輸送手段も、タダかタダ同然だったのです。

スライド[14] ソビエトの消費財はいつも、家を暖める冷蔵庫のように、嘲笑されていました。食糧事情なんかもそうでした。けれども、冷蔵庫を手に入れることができたならば、それは幸運というものであり、冷蔵庫がうまく稼働するかは持ち主次第だったのです。冷蔵庫がうまく動き出したならば、それこそカネで買えないほどの家宝になり、末代まで受け継がれたのです。なにしろ丈夫で、いつまでも修理できますからね。

アメリカではしばしば、「修理するほどのものじゃない」といった言葉を耳にします。こういう話はロシア人を激怒させるに十分なことですね。ぼくは以前、老いたロシア人が怒ったという話を聞いたことがあるのです。ボストンの家具屋が彼にベッドの取り替え用スプリングを売らなかったわけです。彼は言いましたよ、「まだ十分に使えるマットレスが捨てられているんだぞ。貴様、俺にどうやって修理しろって言うんだ!!」と。

経済崩壊は地場での生産と輸入のどちらも閉鎖させる傾向があります。それで、自分の所有品は徐々に傷んでくるわけでして、壊れたり破れたりしたら自分で修理できるか、ということがとても重要になります。ソビエト製の家財・衣料品等はおそろしく堅牢でしたが、あなた方が手にしている中国製のものはいかがなものでしょうねぇ。

スライド[15] ソビエトの農業部門は酷評されるほど非効率でした。それで、多くの人々は比較的うまくいっていた時代でも自分の食料を栽培して収穫していたのです。また、どの都市にも食料用倉庫があって、政府の割り当てに応じて備蓄されていました。レストランの類はごくわずかで、ほとんどの家庭では家で調理し、家で食べていたのです。したがって、買い物がむしろ重労働になって、重い荷物を運ぶ羽目になりました。ときには狩猟みたいな感じでして、さながら店頭に隠れて入手困難な肉片に忍び寄っていたようなものです。そんなわけですから、人々は将来起こり得ることに対して準備万端でした。

アメリカでは、ほとんどの人々がスーパーマーケットで食料を調達しています。その食料は冷蔵輸送用のディーゼル・トラックで遠くから運ばれたものです。多くの人々は、買い物に困ったりしませんし、ファースト・フードを食べることに思い悩んだりもしません。人々が調理するといっても、めったに下拵えなどしませんね。こういうことはまったく不健康なことだし、国民の腹回りに如実に影響しています。この事実は、駐車場に行けば、確認できることです。自動車から自動車へとただよちよち歩くだけの多くの人々は、将来起こり得ることに備えているようには見えませんね。もしもアメリカ人が突如ロシア人のように生活しなければならなくなったならば、デブのアメリカ人は膝を痛めるでしょうね。

スライド[16] ソビエト政府は免疫プログラム、伝染病対策、基本的医療に力を入れました。政府は国営の診療所や病院、サナトリウムといったシステムを運営していたのです。致命的な病気や慢性疾患の患者はしばしば苦情を訴えねばなりませんでしたし、個人的な医療費を負担しなければなりませんでした。カネがあれば、の話ですが。

アメリカでは、医療活動は営利活動ですね。人々はこの事実について考えようとしていないように思われます。そもそもアメリカ人が営利目的を否定して努力しているような分野は極めて希ですね。問題は、経済がダメになるや、利益もまた損なわれるわけで、以前は利益ゆえに動機付けられていたサービスもおかしくなってしまうということです。

スライド[17] ソビエトの教育システムは一般に極めて優れたものでした。ほぼ完全な識字率を誇る人々と多くの卓越した専門家を生み出しました。教育はすべてタダでしたが、程度の高い教育では奨学金を支給し、しばしば食事付きの部屋まで用意したのです。この教育システムは、経済が崩壊した後でも、とてもうまくまとまっていたのです。問題は、卒業を心待ちにした学士たちに仕事がなかったということでした。彼らの多くが進路を失ったのです。

アメリカの高等教育システムは、政府や産業界の研究、団体スポーツ競技、職業訓練等々、多くの点ですばらしいものです。初等および中等教育は、ソビエトの学校では8年で終わらせているところを、12かけて達成できていませんね。こういう教育制度を維持する上での規模の大きさと費用は、崩壊後の環境では、あまりにも重くのしかかることになりそうです。文盲はすでにアメリカで問題となっていますが、さらに状況が悪くなることを予期すべきでしょう。

スライド[18] ソ連はエネルギーを輸入する必要がありませんでした。生産と分配のシステムがぐらつきましたが、決して崩壊はしませんでした。ハイパーインフレーションが猛威をふるってさえも、物価管理でうまく切り抜けたのです。

「市場の失敗」という言葉は、アメリカのエネルギー事情にあてはまるように思われます。自由市場は、必需品の不足時には、ひどく有害な特性を生じるでしょう。第二次世界大戦中にはアメリカ政府はそのことを理解しており、ガソリンから自転車部品まで、多くのモノを首尾よく配給しました。けれども、ずっと昔の話です。あのときを最後に、今や自由市場の不可侵性は一つの信条になっています。

スライド[19] ぼくの結論は、アメリカよりもソ連の方が経済崩壊の備えがはるかに上手くできていた、というものです。

ぼくは二つの超大国の非対称性について省いてきましたが、それは崩壊の備えという観点を汲むものではないからです。いくつかの国々は他の国々より単純により恵まれています。しかし、ぼくがそういう国々に言いたいのは、完璧でないがゆえに恵まれている、ということなのです。

人種や民族の構成という点では、アメリカはロシアよりもユーゴスラビアに似ています。それゆえ、崩壊後のアメリカは、ロシアほど平和にことが進むとは期待すべきでないでしょう。民族的に入り交じった社会は脆く、分裂する傾向があるからです。 宗教面では、ソ連は黙示録の審判の日のカルトが比較的乏しい国でした。救世主の再臨を告げるために惑星ほどの大きさの火の玉を待ち侘びる人は非常に希な存在でした。このことこそまさに神の恩恵だったのです。

スライド[20] 私が崩壊時の相違点として認めることができない一つの問題は、国内の政治である。なるほどイデオロギーは異なるかもしれないが、しかし、イデオロギーに対する盲目的な信奉は、似ているどころの話ではないでしょう。

たしかに、投票するためにただ一つしかない共産党を持つことよりも、代わり番こで政権を担う二つの資本主義政党を観察する方がより面白い。けれども、二つの政党が公然と言い争っている事柄は、社会政策のみせかけにもならない象徴的な案件であって、それは国民の態度を軟化するために採用されていますね。その点、共産党ははっきりしたもので、耐えねばならない嫌なことをただ一つ提出したものです。二つの資本主義政党は二つの気安めの薬という選択肢を与えているわけですね。その最新の革新的技術は写真判定のような選挙ですね。どちらの政党も投票数の50%を買い、さながら帽子からウサギが出てくるかのように、選挙結果は統計的なノイズから出てくるというものです。

反対意見や抗議活動を封じ込めるアメリカのやり方はとても進んでいます。反体制の人々に彼らの良心に逆らって叫ばせることができるのに、どうして反体制の人々を投獄するのでしょうか?

簿記に対するアメリカの取り組みは、ソビエトに比べてより巧妙でより含みがあります。簡単に統計をゆがめることができるのに、どういうわけで統計をわかりにくいやり方で国家的に秘匿するのでしょうか?簡単な例があります。社会保障予算の伸びを抑えるためとあらば、インフレ率はハンバーガーをステーキに置き換えることでも「調整」されるわけです。

スライド[21] 無責任で鈍感な政府に抗議するために、多くの人々が大きなエネルギーを注いでいます。けれども、彼らの抗議活動の影響力のなさを思うと、ぼくにはそれがおそろしく時間の浪費のように思えてしかたありません。彼ら活動家たちにとっては、諸外国の報道の中に彼らの努力が取り上げられることが慰めとなっているのでしょうか?ぼくは、政治家が活動家たちを無視するように、活動家たちが政治家たちを無視するならば、活動家たちももっと気持ちよくなれるように思うのです。それはテレビのスイッチをきるくらい簡単なことです。活動家たちがそうしたとして、おそらく活動家たちはそのことで生活が一向に変化するものではないことに気づくでしょう。まったく何も変わらないでしょう、おそらく彼らの気分が改善される以外は。そして、彼らはもっと重要なことに捧げるべき時間とエネルギーを手にしたことに気づくかもしれません。

スライド[22] それでぼくは、崩壊時のギャップを埋め合わせるために、いくつかの方法の概略を示しますね。現実的なことやその他ありますので。その方法についてのぼくのリストは表面的なことのように思われるかもしれませんが、これがとても難しい問題であることを忘れないでくださいね。実際のところ、すべての問題に答えがあるわけではないということを心に留めておくことは大切なことです。賭けてもいいですが、今夜中に解決する問題ではないのです。ともあれ、ぼくが試みようとしていることは、問題を多角的に捉えることです。

スライド[23] 多くの人々は、政府の動きの鈍さと無責任を非難します。人々はこんなふうに言うわけです。「今取り組むべき事は…」と言って、輝かしい過去の壮大な成功体験である政府の事業の名称、マーシャル・プラン、マンハッタン計画、アポロ計画などを挙げるわけです。けれども、崩壊に対する備えをしていた政府のことは歴史書の中に何も記されていないのです。ゴルバチョフの「ペレストロイカ」は崩壊を回避もしくは遅延させようとした一つの例ですが、おそらく崩壊を早めることに荷担することになりました。

スライド[24] 崩壊の備えとして政府に是非とも気にかけてもらいたいことがあります。とりわけ、ぼくの関心事は、放射能や毒性を有するものを扱う施設、そういったものの備蓄や廃棄物です。そういったものが気候変動によって水中深くに運ばれようものならば、将来世代は管理できなくなるでしょう。こういうものが散らかれば、私たちのほとんどを死に絶やすに十分なほどなのです。ぼくはまた海外に置き去りにされる軍人のことも心配です。軍人を見捨てるということは、国家としてもっとも恥ずべきことでしょう。海外の軍事基地は廃止されるはずで、軍隊は帰還されるべきです。また、おびただしい数の囚人についても、無秩序な恩赦ではなく、予めきちっと管理された方法で削減しておいてもらいたいものです。それから、決して償還され得ないという借金にまつわる馬鹿げた話はずっと続くと思うのです。だから、水に流すことが社会に再調整の時間を与えることになるでしょう。おわかりだと思いますが、ぼくは奇跡を望んでいるわけではないのです。けれども、上述したことが為されたならば、ぼくはそれを奇跡だと考えるでしょうね。

スライド[25] 民間部門の解決も不可能ではありません。単にとてもとても難しいというだけのことです。かなりのソビエト国営企業は基本的には国家の中にある国家のようなものでした。国営企業は、経済全体の総量を管理していたし、経済の拡大なしでも継続できたわけです。民営化後でさえそんな調子でした。そんなわけで、西側諸国の経営コンサルタントを発狂させたのです。なにしろ無数の幼稚園、退職後の家、クリーニング屋、タダの診療所を擁していたのですから。しかし、わかりますかね、こういったことが国有企業の核心となる能力を示しているわけではないのです。もちろん、西側諸国の経営コンサルタントたちは操業停止や合理化が必要だと考えたのです。しかし、西側諸国の経営指導者たちはもっとも重要なことを見落としていたのです。ソビエト国営企業の核心となる能力は、経済崩壊を生き抜く能力の中にこそ存したからです。おそらくグーグル社の若き天才たちはこういう話に夢中になれるのでしょうが、彼らの株主はどうか、疑わしいですね。

スライド[26] ソ連が偶然にも崩壊への備えを成し遂げていたことを理解することは、肝要です。ある種のクラッシュ・プログラムが成功を収めたという話ではないのです。経済崩壊は経済面において、禍福は糾える縄のごとし、だったというわけです。

最後まで私たちが思慮を欠いていることは、うまく機能して成長している繁栄中の経済がある日突然崩壊して、みんなを窮地に置き去りにする、ということです。この点で、ソビエトのぱっとしない経済運営に相当する統制経済や中央集権的計画の教義を私たちは必ずしも喜んで受けいれません。私たちには独自のやり方があり、それはそれでうまく行っています。ぼくはそれを「無駄な公共事業」と呼んでいます。公共事業は問題に対する解なのですが、しかし、問題を解くよりもさらなる問題を生み出していますよね。

周りを見渡すならば、いたるところで様々な活動分野に広がる公共事業を見ることができます。イラクのような軍事的公共事業、破綻した年金システムのような金融的公共事業、民間の健康保険のような医療分野の公共事業、知的財産のような法律的公共事業などです。すべてこういった無駄な公共事業の重圧はゆっくりとですが、しかし確実に私たちを押しつぶしています。それが耐えられない負担になれば、経済崩壊に至り、すべてを台無しにしてしまうでしょう。私たちはこのプロセスに荷担しているだけで、少なくとも経済崩壊を防ごうとはしていません。それで、もしも誰かがあなたのところへやってきて、「水素で稼働する公共事業を始めたいんだ」と言ったならば、是非とも彼に薦めてやってください。そいつはカネを直接燃やす公共事業ほどいいものじゃありませんが、正しい方向への第一歩ではありますね、と。

スライド[27] 主流派経済学の動向は個人レベルについて細心のものではありませんし、崩壊時のギャップを乗り越える上では逆効果です。継続的な経済成長と繁栄をもたらすかもしれない動向というものは逆効果なのです。あなたが高く飛べば飛ぶほど、着地がより難しくなるようなものです。大きな老後資金をあてにしていたところから、市場の崩壊によって老後資金を失うことになれば、トラウマになるでしょう。高収入から低収入もしくは収入なしになってもトラウマになるでしょう。もしもあなたが頂点にあって信じられないくらい忙しくしているなら、あなたは突然やることを失って、実に粗野な状態になるでしょうね。

経済崩壊というのは、人が神経衰弱を患うほどの最悪の時のことなのですが、やがてこれが起こることなのです。心理学的にもっともリスクのある人々は、うまくやってきた中年男性です。彼らのキャリアが突然潰え、預貯金が底をつき、財産が無価値になると、自尊心もなくなってしまうのです。すると、死ぬほど酒に溺れたり、自殺したりする者が多数でてきます。彼らは経験に富み能力のある人々ですから、社会にとっても大きな痛手です。

もしも経済とあなたの経済的地位が、あなたにとって本当に大切ならば、経済が崩れたときには本当に苦しむことになりますよ。あなたは故意に冷静な態度に努めることもできますが、うぬぼれ以外の何ものでもないでしょう。むしろあなたは、仕事の手を止めてでも、ライフスタイルや習慣、そして肉体的なスタミナを見直して鍛えなければならないのです。現代社会において見向きもされなかったような所で、満足な生活を組み立てるには、多くの創造性と努力が必要となります。崩壊後、そのような見向きもされていなかった所が生きる上で一番の場所だと判明するかもしれないのです。

スライド[28] ソビエト崩壊時の生活がたやすいことであったかのような印象を与えていないことを祈るばかりです。実際にはいろんな面で実にひどい状況だったのですから。ぼくが強調したい第一点は、ここで経済が崩壊するときには、はるかに悪い状況になる運命にある、ということなのです。そして、強調したい第二点は、ここでの崩壊は永続的な状態に置かれそうだ、ということです。ロシアと他の旧ソビエト共和国が再生した要因は、ここには記しません。

だけど、ぼくは信じています。どんな時代でもどんな環境でも、人々は生きるための手段と理由だけでなく、教化、実践、自由をも見出すことができるのです。経済が崩壊した後で、私たちはそれらを見つけ出すことができるのだとしたら、どうして今、それらを探し始めないのでしょうか?

探し始めてくださいね。